20251227土曜祈祷会
聖書:ヤコブ2:15-19
題目:サタン―信じているのに従わない者
讃美:325
説教:高曜翰 牧師
場所:大阪中央教会
聖書本文
「ある兄弟または姉妹が裸でいて、その日の食物にもこと欠いている場合、あなたがたのうち、だれかが、『安らかに行きなさい。暖まって、食べ飽きなさい』と言うだけで、そのからだに必要なものを何ひとつ与えなかったとしたら、なんの役に立つか。信仰も、それと同様に、行いを伴わなければ、それだけでは死んだものである。…あなたは、神はただひとりであると信じているのか。それは結構である。悪霊どもでさえ、信じておののいている。」(ヤコブ2:15–19)
1.サタンとは何か
(1)サタンは「無神論者」ではない
私たちは時々、サタンを「神を信じない存在」と考えがちです。しかし聖書は、サタンは神の存在を誰よりもよく知っている存在であると教えています。
悪霊どもでさえ「神はおひとりだ」と信じています。それも単なる知識ではなく、「身震いするほど」に神を知っているのです。
つまり、サタンは神を否定しているのではなく、神を知りながら従わない存在なのです。
(2)もとは栄光ある存在であった
サタンは最初から悪であったわけではありません。彼は天使として創造され、美しく、知恵に満ちた存在でした。
聖書には、「あなたは全き印章、知恵に満ち、美の極みであった…神があなたを造られた日から、あなたの中に不義が見いだされるまでは、完全であった」(エゼキエル28:12–15)と記されています。
つまり、サタンは本来、神に仕える栄光ある存在だったのです。
(3)堕落の原因は「高慢」
サタンが堕落した原因は、知識の欠如ではなく「高慢」でした。
「私は天に昇ろう。いと高き方のようになろう」(イザヤ14:12–15)という言葉にあるように、彼は神を否定したのではなく、神のようになろうとしたのです。
問題は、従順ではなく支配を求めたその心にありました。
2.サタンの目的
サタンの目的は、神の栄光を奪い、人を滅ぼすことです。
彼は自分が最終的に敗北することを知りながらも、活動をやめません。
「あなたがたの敵である悪魔は、食い尽くすべきものを探し求めて歩き回っています」(Ⅰペテロ5:8)とある通りです。
また、「彼は初めから人殺しであり、真理に立っていない」(ヨハネ8:44)とあるように、人を惑わし、神の言葉に対する疑いを心に植え付けます。
これはエデンの園の時と同じ方法であり、今も変わらず用いられているのです。
3.「正しい信仰」とは何か
(1)行いのない信仰の問題
ヤコブの手紙が語っている中心テーマは、「行いのない信仰」の問題です。
単に「神を信じている」と言うだけでは、それは救いではありません。本当の信仰は必ず行動として現れます。
だからこそ、行いを伴わない信仰は「死んだ信仰」と呼ばれます。そこには従順がないからです。
(2)サタンの信仰は「死んだ信仰」
サタンこそ、「死んだ信仰」の典型です。
彼は正しい知識を持っています。神についての正しい理解、いわば正しい神学さえ持っています。さらに、神を恐れるという感情さえ持っています。
しかし決定的に欠けているのは、従順です。
この「従わない」という一点によって、その信仰は死んだものとなっているのです。
4.なぜサタンは救われないのか
(1)従順になろうとしない心
サタンが救われない理由は、神の恵みが足りないからではありません。
彼は悔い改めず、神の主権を認めず、自分を明け渡そうとしないのです。
だからこそ聖書は、「神に従いなさい。悪魔に立ち向かいなさい」(ヤコブ4:7)と命じています。
それは、私たちの中にある「従順のない心」と戦う必要があるということです。
(2)私たち自身への問いかけ
ここで私たちは、自分自身に問いかける必要があります。
私たちは、神を「知っている」だけになっていないでしょうか。
御言葉を「聞いている」だけになっていないでしょうか。
そして、従順よりも自分の正しさを優先していないでしょうか。
「従うことは、いけにえにまさる」(Ⅰサムエル15:22)とあるように、神が求めておられるのは従順です。
5.まとめ
サタンは、神を知っていました。神の力を知り、神の栄光を見ていました。
しかし、神に従わなかったために滅びへと至りました。
私たちの希望は、単なる知識にあるのではありません。
知識の先にある、砕かれた心と従順にこそ、本当の信仰があります。


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