20220319家庭礼拝
聖書:創世記29:31–35
主題:レアの信仰
賛美:327番
説教:高曜翰 伝道師
場所:家庭
1.レアの状態
創世記29章17節には「レアの目は弱々しかったが、ラケルは姿も顔立ちも美しかった」と記されています。
ここで「弱い」と訳されているヘブル語には、「優しい」「思いやりのある」という意味も含まれています。そのため英語訳TEVでは “Lovely eyes(美しい目)” と訳されています。
つまり、レアは外見的な派手さはなかったものの、「美しい優しい目」を持つ女性だったと理解できます。一方ラケルは全体的に美しく、容姿で劣るレアよりもヤコブに愛されていました。
しかし、ラケルはしばしば嘘をついたり、自己中心的な面もあり、人格面に欠けるところが見られます。それでも「ヤコブはレアよりもラケルを愛していた」(創世記29:30)と書かれており、レアは夫から「嫌われていた」とまで言われています(29:31)。
2.レアが産んだ八人の子どもたち
レアは、自分の置かれた境遇の中で、子どもたちに深い意味を込めて名前をつけました。
-
ルベン
「主が私の悩みをご覧になった。今こそ夫は私を愛するだろう」
― “見て、息子です”(Behold a son!) -
シメオン
「主は私が嫌われているのを聞かれて、この子も授けてくださった」
― “聞いて認めて”(Hearing with acceptance!) -
レビ
「今度こそ夫は私に結びつくだろう。三人の子を産んだのだから」
― “共にいる”(Adhesion!) -
ユダ
「今度は主をほめたたえよう」
― “主をほめたたえる者”(Praised!) -
ガド
「幸運が来た」
― “幸運”(Fortune!) -
アシェル
「なんと幸せなこと。女たちは私を幸せ者と呼ぶでしょう」
― “幸せ”(Happy!) -
イッサカル
「私がはしためを夫に与えたので、その報酬を主がくださった」
― “報い”(Recompense) -
ゼブルン
「神様は私に良い賜物をくださった。六人の子を産んだから夫は私を尊ぶだろう」
― “尊ばれる”(Exalted)
レアは、初めは「夫に愛されたい」と願いながら子どもの名をつけていました。しかし途中からは、夫ではなく「主をほめたたえる」方向へと心が向かっていきます。
レアは、夫の愛ではなく「主の愛」で満足する人へと変えられていきました。
3.最後に勝利したのは誰だったのか
ラケルはカナンの地で亡くなり、エフラタ(ベツレヘム)に埋葬されました。
一方レアは、アブラハムとサラ、イサクとリベカが葬られた「マクペラの墓」に葬られました。
さらにヤコブは死の間際、
「私をレアの葬られているマクペラに葬ってくれ」
(創世記49章)
と命じています。
レアを取り巻く環境が変わったのではなく、レア自身の人格が神によって変えられたのです。
4.イエス様と新しく生まれること
イエス様は言われました。
「誰でも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない」(ヨハネ3:3)
これは、能力が向上してレベルアップすることではなく、
“別の人格を持つ人間として新しくされる”
という意味です。
神は、まず能力よりも人格を求められます。その人格を形づくるために、ときに試練を与えられます。
私たちはしばしば「問題が解決すること」を求めますが、神が求めているのは「問題を通して私たちの人格が変えられること」です。
変えられた私たちを通して、神様はご自身を人々に示されます。
◆ 親として
親は子どもに勉強をさせますが、その前にもっと大切なことがあります。
それは、
「神がその子どもにどのような人格と使命を期待しておられるか」
を考えることです。


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